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2008年06月19日

ボスニア・ヘルツェゴビナより

Tour 12 先発隊の2名はただいまボスニア・ヘルツェゴビナの街、世界遺産でも有名なモルタルの古都に来ています。
先週に訪れたツヅラの街ではインターネット環境かまったくなく、携帯のiモードも通じないことで随分不便でずっとコラムを更新できなかったのですが、ここではテニスクラブに無線LANがあり、ようやくつながったので皆さんに我々二人の足跡をお伝えしますね。
25日出発の皆さんもどうぞお気をつけて。引率の皆さんは移動のときに大変でしょうがどうぞ子供たちを見失わないように。そしてあまりに子供に気を取られて自分がスリにあわないようにね。準備頑張ってください。

Day 1
全く未知の国ボスニアに入るのに夜はまずいという事で真っ赤なお姉さんがたのオーストリア夕刻便でウィーン入りし、空港のツーリストでホテルを取り、送迎込みで103ユーロのまあまあ綺麗なホテル初日泊。
時差ぼけで二人ともゴロゴロしながらさっさと寝るもやはり午前を回ると目覚め、読書やら音楽やら。6時前に朝食をしっかり平らげる。
Day 2
時差ぼけの早朝ランニング
オーストリア航空のミスブッキングでカナミのみサラエボ行きに乗れない状態とのアナウンスを受け、ビビりながら待つもキャンセルがあり、13:30のフライトで初めてのボスニアへ。
調べた通りタクシーでバスターミナルへ向かうはずであったが、車内交渉で目的地ツヅラまでの料金を根切り、90ユーロでベンツタクシードライブ。銃痕の多く残る廃墟を眺めながら途中延々と続く樅の木の森を通り抜け、2時間あまりでツヅラへ。意外と大きな街とホテルで拍子抜け。ホテルは東欧後進国特有の暗~い感じである。豪華な作りでボロボロ。
day 3
6時に朝食。15分物騒な感じの道を歩きテニスコートへ。ちょうどロシアの選手と地元のディナちゃんを誘い、練習。自分で誘うのはお預け。ディアちゃんはクロアチア、ウマグでカナミの試合を見たそうな。ファイナリストですごいと言っていた。で、午前の練習後、3時までクラブのレストランでピザを食べのんびり。松島の携帯iモードが使えないためにカナミコラム執筆。3時よりこれも地元クラブのノームスタイプ、ダニエラとストロークのみ。カナミはまた同じピザを食べてご満足。ロシアの選手の練習お誘いを断ってホテルまで徒歩。シャワーを浴びて今日も時差ぼけの調整のためにお早くお休み。
day 4
緯度が低いのかここボスニアはウィーンよりかなり遅めの夜明け、5時くらいか。
6時朝食で会場まで歩き、仲良くなったロシア選手と練習。9時にパスポートを持ってサインナップ。その後しっかり待たされて午後に tour 12 初試合はクロアチアの選手と。調子良くうち、中々いい感じで戦うも試合中のちょっとしたジャッジでいじけ、その後は集中力を欠き、敗退。精神力の弱さをしっかり出したわけである。その後はしっかりしぼられ、ホテルまでディアに送ってもらって食事。反省をノートに書いて寝る。
day 5
しかしまあボスニアも3日目で色々慣れてきたけど、まずはほとんど英語が通じない事に驚き。やはり観光化されていない街である事もあるが、かなり不便に生活している感じ。ホテル、そしてコーチにしか通じない。街はどんより暗く、この土地オリジナルスープはちょっと酸味があって美味く、コーヒーは見事にまずい。… しかし慣れていい感じになってきた。
街のみんなは超珍しいアジア人をじろじろ見るが、名乗らなくともすべて向こうはすべて承知だから便利と言えば便利。
今日は午前、カナミはトレーニングとテニスノート。午後から2時間練習。ウォーミングアップを怒られながらこなし、その後地元クラブの子に自分で声をかけて1時間練習。その後夕刻ディナたちと練習。本戦サインナップの時間でごった返すクラブであるが、漢字の名前をせがまれて大変。30人くらい書いた。ヨーロッパ中�ゥら選手がしっかり集まり、明日出れる可能性は少なそうである。
day 6
言いつけ通り8時半に会場へ。なんと随分贔屓なラッキールーザー選考でカナミは本戦入りということ。雨の中断も何度もあって終わったのは夕刻であるが、なんとか�P回戦突破。一昨日の最悪から今日は絶好調という展開であるが、明日が勝負か。夜はパーティーで盛り上がっていた感じ… 俺らにはわからない。
day 7
8時半より試合開始。ある程度昨日の調子を維持し、ファーストセット5-2から体格とパワーの勝る相手が持ち直し、5-5。そこから踏ん張って7-5。セカンドはうちまくられて3-6。ファイナルはマッチポイントを3回使うものの狙ったエースが外れ、タイブレークで敗戦。しかし内容の濃い良い試合であった。
隣では11歳のちっちゃい細いインディーが大女を相手に完勝。ベスト4となった。体格で勝負は決まらない。
インディーのコーチより、「カナミは動きが早く、すごいストロークの武器があってすばらしい。後はインサイド(頭、根性)だね」という。最新のウエアーでiPodとキラキラ携帯を持つカナミは人気者で常に地元の子供らがついてくる。
インディーはというと、テニスウエアーではなくてただの子供服。試合用のウエアーはいつも同じのブルー。ポケットが前についていてボールを入れるとプレーしにくそうであるが、ナイキ、アディダスやラケットメーカーがこぞって契約を持ちかけるも「贅沢の必要ない」と断っているらしく、これを聞いていつもゴージャスなカナミは「もうウエアーは買わない」と宣言している。ま、日本に帰れば戻る。
今日も雨で何回中断した事だろう。今年は異常な雨だそうである。
Nttドコモより海外携帯料金が4万円を超えたというメールがあり、落ち込む。
day 8
今日も雨で中断ばかり。インディーは相手の調子がよく、そして痛めた左手首の影響で敗退。しかし最後までファイトを見せる。もう一つの準決勝がものすごい気迫の女の戦い。観戦するカナミはどう思ったか。
ダブルス準々決勝は何とかチームワークで実力勝る相手にファイナルで快勝。準決勝中雨で中断。最終日に残る事になる。
とにかく技術よりもメンタルの強さが素晴らしい東欧。この一週間でものすごい経験を積んでいる感じである。
ジュニアでもテレビで見るプロと全く同じプレーをしているのがここ。日本のテニスとは全く違う。
day 10
ようやく陽の射したツズラ。ダブルス準決勝は強豪相手にセカンドセットを取るもののファイナルはミスも多く敗退。これで第1大会は完全に終了となった。男女シングル決勝セルビア3名ボスニア1名で、は地元のテレビの取材もあり、華やか。クラブの誇りを感じる。セルビアの勢力はイバノビッチの影響でさらに加速していく事だろう。
午後はディナの家を訪問し、僕は下のカフェで前と同じビールビールの接待。ボスニアソーセージをわんさか焼き、食べさせられて少々げんなり。いやはや体重100キロ以上ありそうな親父とつきあうもの大変である。
カフェの兄ちゃんに聞くと、ボスニア、セルビア、クロアチアは若干の違いはあるものの同じ言語であるらしく、今は仲が良いらしい。そして唯一ビザなしで行ける国がこの3国らしく、その他の国に行くときには首都サラエボまで2往復し、申請、承認をしてからの旅になるそうである。選手になるのは相当大変そう。
ボスニア市民の平均月収は300ユーロ。5万円くらいか。素晴らしい選手がたくさんいるが、産まれついた悲しい現実がある。
day 11
午前中は休息。HPのスポンサーバッチをカナミが縫おうとするも断念。修行が足りない。午後より練習に行くと英語の話せるエマが寄ってきて「DO YOU WANT TO PLAY WITH ME ?」とカナミより良い英語で話しかけ、ウォーミングアップに打つ。その後打ち分けの練習を行い、4時よりクラブの練習に入れてもらう。最初、トレーナーと一緒にトレーニング。その後は同じ年の男の子、気の強い女子と試合形式。サーブがちょっと不調でコートを借りて練習する。クラブ、コーチと仲良くなった事が幸いし、コートもレッスンも無料で提供してくれる。カナミの食費がかなり大変なのでよかった。
クラブの選手は全員真面目に黙々トレーニングも練習もこなし、おちゃらけた雰囲気がないのが印象的。
どこかに置き忘れたロールガットをわざわざ届けてくれた人もいて、かなり皆親切。
day 12
10日間泊まったホテルの支払いを済ませ、スケジュールの変更による航空券を購入。最初はボスニア・ヘルツェゴビナ2週後にデンマークに飛ぶ予定であったが、このまま旧ユーゴスラビアに留まり、モスタル後はセルビア、チェチェックに出場する予定。3週連続の東欧奥地となるが、根性が試される事となる。
モスタルまでディナの車に乗せてもらう。お礼にガソリンを払うもディーゼルが1リッター2、49。満タンで128、1万円以上とかなり高価。しかし安全第一で仕方なし。途中の峠のレストランで丸焼き料理を食べる。
モスタルは美しい渓谷が続く街であり、綺麗。練習を少ししてペンションへ。小さな宿だが新築。
day 13
7時半にクラブにつき、仲良いロシア少年アレズニーと練習。ワイヤレスネットワークがあるという話を聞いて PC を持ち込むもつながらず、フロントのおばさんに聞くと「こっちもつながらないわ。多分雨だから。」。雨でつながらない無線LANの話を初めて聞いた。試合は NOT BEFORE 13 の2試合目。
結局カナミの本戦1回戦が始まったのは午後5時半。よく理解しかねるノーミスタイプの小さなクロアチア選手が最初集中力がなく6-0。しかし練習のときから怒られたようにサーブの丁寧さがなくダブルフォルトを連発し、しだいに相手を調子に乗せることとなって深く守られて完璧なノーミスとなりカナミは焦ってミスを繰り返し最悪のパターンとなって4-6。このままではこのままいってしまいそうなのでファイナルは反則のアドバイスありで強引に流れを変え6-1。正直負けておかしくない試合であった。試合中のアドバイスはここ東欧では当たり前。書いたようにこの地区の言葉は皆わかっているのに親もコーチもアドバイスしまくり。インディーのコーチは皆のわからないオランダ語で叫びまくってボスニアの親と喧嘩腰の怒鳴り合いになっていたな。
レストランがこっちの方が高くて大変。

投稿者 wm : 2008年06月19日 17:55

コメント

どうも~、お疲れ様です。いや~、良い旅をされてるようでなによりです。

ところで、インディーのメールアドレス聞いておいてもらうことはできますでしょうか?パリのキッズカップでメールアドレスを2つ教えてもらったのですがどうがんばっても返ってきてしまったので・・・・

Have a Good Trip!

投稿者 JET : 2008年06月20日 03:56

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