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2007年06月04日

テニスジャーナル最終刊

ルーシー決まってます...。どんなスタジアムももう恐くはないかな。

お知らせしていたゲットスポーツ。守屋君にスポットライトを当てた番組でしたが皆さん見てくれましたか?。修造チャレンジだったんですねえ。
僕の知る宏紀の性格からすると、ちょっと番組構成的には無理があるような気もしますが、まあ数少ないテニスを紹介する番組... というか、育成を紹介することなんてほぼ無いわけで、そういった意味では我々テニスに携わる人間として嬉しく思いますね。
しかし、ちょっと多くの方々からちょっと「修造イズム」が強過ぎじゃあ... という声も...。確かにそれもあるとは思いますが、あの活動「修造チャレンジ」は松岡君が発案し、スポンサ−を集め、自分で行動し、選手に声をかけて行なっているわけで、彼のやり方に文句を言う筋合いは誰にもありません。異議があれば自分で「○○チャレンジ」を作ってみればよろしいことですしね。
そう。参加するもしないも個人の自由ですし、参加するならトコトン頑張ってみるのが男でしょ。(修造チャレンジは男の世界よ)... ま、僕はいつもだらけた姿勢で立ったり座ったりヨロヨロしたりしているので入門を許可されないと思うけどさ。
とにかく、守屋宏紀君の今後に期待しましょうね。
今日、「テニスジャーナル」がいつもの様に送られてきました。そう、連載を昔していたのと、時折気が向いた時に記事や写真を出していましたので毎月送ってくれるんですね。
そのジャーナル。ついに最終刊...。まあ形態ががらっと変わって来月から新たに発売になるのですが、現行のスタイル、そして井山編集長のものとしてはこれが最後となりました。
実は井山さんと僕は同級生で、同じ九州の人間。1994年くらいかな...。世界レベルのジュニア大会を始めて見た僕が感動し、その経費を持ってくれた会社にレポートを書く為、手書きで書き、それを当時のカールフレンドにワープロで打ってもらい(そんなことやってんのですぐにフラレた)、提出し、それを僕の友人が井山さんに見せ、それからジュニア情報をジャーナルに書き始めたのが僕のテニスジャーナリストとしての始まり。最初は高体連や協会、文部省、外務省、教育委員会を含めたものすごい切り方で、方々から苦情が来たようですが...。ご存知「キッズテニス」という子供にテニスを教えるマニュアルを連載したのも懐かしいねえ。そうよ、ここで「キッズテニス」という言葉は産まれました。
他の専門誌のような堅苦しくない所が好きだったなあ。僕の写真がカラーで出た時は本当に嬉しかったねえ...。
本当にこうやって PC の前に座り、こんなことを書くような僕を育ててくれたのがジャーナルなわけで、ジャーナルがなかったらこの TENNIS STORY も無かったかもしれないかもね。... いいや、僕ももっと真面目な仕事してたかも...。
とにかくテニスジャーナル、井山さんお疲れさま。日本テニスを動かすようなメディア目指して又新たに頑張っていきましょう。

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