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2007年03月07日

COURT SIDE STORY

なんだか「コートサイドストリー」みたいになってきましたね。

しかし2001年。雨のウインブルドンで1日中日本では珍しい、そして綺麗な傘の数々を写真に撮りましたねえ。フイルム5本くらい撮ったかな?。
傘の中は老紳士やカップル、ちびっこや親子連れで表情も楽しげで写す僕も楽しくてしょうがなかったことを良く覚えています。そういえばウィーンのステファンプラッツ(有名な教会)で大道芸人に集まる子供の写真を丸1日撮ったことも思い出されますねえ。そのうち何枚かはここに使ったかな?...。1999年のことですけどね。
まあ僕は生まれつきメジャーなものよりもマイナーなものが好きなのかもしれません。
さてさて。昨日の続きですかね。やっぱり。
僕自身責任転嫁していてもしょうがないので、ここでも僕なりのお話をしようと思いますが、まあこれをもむ皆さんが心を病んでいる可能性はどうなのか...?... ッと考えると、まあ世間一般レベルよりもかなり可能性は低いのでそれなりの話、ま、僕の体験談でも良いと思います。
僕は今まで書いてきたように小学生の高学年くらいから世間一般を遠くから見るようなクセがつき、冷めて現代教育体制批判などしていたものですから当然それなりに「浮いた」子供だったわけで、いじめた記憶もいじめられた記憶もありません。
しかし当たり前ですが「疎外感」はありました。それが皆から疎外されている... というのであればそれなりにいじめられたのかもしれません。
子供の世界にとってクラスの力関係や友人関係はこの世の全てであり、僕も皆の子供らしい考えや話題に付いていけず、寂しい思いをしたことは事実。孤独も感じましたし、高校生時は勉強も全く付いていけず、学校もろくに行かず、行っても授業を理解できず、そして僕の行く学校は受験勉強の為のような学校でしたから(ホームルームは単語のテスト*分からなかったら辞書で殴られます)高校在学の意味は全くありませんでした。
自分がいじめられている... 行きていても仕方が無い... という自殺を考える子供が持つであろう「自分の存在価値感」という観点から考えるともしかしたら僕はにたようなものだったかもしれません。
しかし僕はその時代を何とか乗り切りました。... テニスというものを使ってね。
そして今考えます。子供の頃に絶対だと思っていた力関係や人間関係なんて大人になって資本主義社会の自由競争になればいつでもひっくり返るんだなあって。
子供の頃バカにされていた子が一躍有名になることもあるし、社会的にスーパースターになることだってある。逆にクラスで目立っていた子が暗闇に落ち込むことだってある。
子供の頃悩んでいたことなんて一瞬の小さな問題だったんだなあ... って思えるようになりました。
読者の大人の皆さんは似たような経験はありませんか?。
しっかり前を見て進んでいけば、辛い時間なんていつか通り過ぎていくもんだと教えてあげたいですね。

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