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2003年07月11日

ラトビアより

...やっとつながりました。
オランダの小さな田舎町メッペルから電車を乗り継ぎ、列車の時刻トラブルを経由駅を変えることによって無事ハンブルグに到着し、空港バスに乗って皆と合流し、エアーバルチックのプロペラ機でバルト3国ラトビアの首都リガに到着。1時間の時差もありますが丸一日の移動もあまりストレスを感じなくなってきている我々です。

img20030711150121.jpgここはついこの間までソビエト連邦の奥深く閉ざされてきた所ですからポーランド同様に覚悟してきましたが、やはり古くから貿易で栄えてきた所でもあり、旧東側的な建物も多数ありますが皆豊かに見え、街も綺麗ですねえ。ま、しかし我々が最初に泊まったホテル?は旧い社会主義アパートを改装したものですべてがボロボロ。お腹とお尻を20ケ所くらいダニに噛まれる始末...。
さて今日は本戦2日目。りさっぺは初戦地元の選手に完勝。2回戦、ウクライナの14歳以下no.3との対戦です。
OLさんがテニススクールに来るようにラケット1本とタオルを肩に担ぎ、普段着のパーカーを軽く端折り、ものすごい叫び声と気迫で球をねじ込む彼女...そうそう!こういった選手との対戦を求め、ここに来た我々ですからもちろん後込み等していられません。こっちも覚悟を決めてここまで来ましたからね。
しかし...第1セット、やはり気迫に押されてか1ー5。ここからかすかに復活が見られ3ー6。だんだん決め球が決まりだし、打ち勝って6ー4。さあさあファイナルはいつもの挽回...と思いきややはり甘くはありません。第1、2ゲームを接戦で落とすと相手はギアを入れ替え、ものすごい勢いで攻めまくり。チャンスを全部モノにされ、ちょっと体力も落ちてきたりさっぺに団子(0)で完勝。本当に強いです。
「何を気の弱いことを...」と思う方もいるでしょう。しかし、現実日本は神国でもなければ神風が吹くわけでもありません。コーチも居ず、母と2人でここまで来た彼女の人生を乗り越えることは容易ではありませんし、今後経済的な環境の差で彼女が遠征に廻ることも難しいのかも知れないことも考えると、試合後、かける声にも複雑な心境が入り乱れます。たぶん国で.no.3だとスポンサーもつかないだろうし、自分の御家庭の経済力では難しいでしょうし。彼女が日本人なら...とも考えます。
ま、試合の方は負けましたがドイツから東(ポーランド、チェコ)に遠征した過去の試合に比べればスコスコにやられず、第2セットを取っただけでも成長でしょ。精神的に落ち着いたようにも見えるし。
最近は試合後よく2人で話をしますが、今日はこういったことを話しました。
「今からお前が貧乏になることはできんなあ〜」「うん」「だって貧乏になったらここに来れないし...」「うん」「でもプロになりたかったらこういう人たちに勝ち続けなくちゃいかん」「うん」「つまり技術、体力、精神力すべてで勝てるようにならなくではだめだの〜」「うん」「ハングリーになることは無理でも人(こっちの人たち)よりも努力に努力を重ね、この人たちに勝つべき資質を身につけなくちゃいかんということだべ」「うん」「大変だろうけどお前にそれができるかい?」「どうにかしてでも絶対やる」立派です。
相手に敬意をはらい、そして乗り越える為に我々はここに来ました。明日に向かって頑張りましょう。
さて、ETAのホームページを見る方は御存じだろうと思いますが、りさっぺは今ヨーロッパランキングで120番。目標の50位まではまだかなりの距離です。
そして日本協会から遠征している皆は今フランスで同じETAを戦っていますが、あちらの試合はグレードが高く、ポイントも大きいですから日本人のランキングもどうなるか楽しみですね。
通称ヤングスターと呼ばれる協会の遠征試合は我々が出場している試合のようにランキングで出場資格が決まる大会ではなく、国からの出場ですから強い国と当たれば厳しいでしょうが、運が良ければビッグポイントを取ることも十分可能です。
日本人がヨーロッパのランキングで競い合うのもおかしな話ですが、我々の国にはこういったものもなければレベルも違います。是非みなさんチェックしてくださいね。

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